紹介

img_articlemap北海道大学札幌キャンパスの北に位置する「札幌農学校第2農場」は、1909(明治42)年から1912(大正元)年にかけて整備されたもので、その近代的な大規模有畜農場経営は、北海道における大規模農場のモデル的役割を果たしました。畜産としては畜牛を主に、常時100頭前後を飼育して搾乳・製酪を行い、農産としては飼料作物を多く栽培しました。農作業は人力を省き、西洋式農具を用いた畜力によるものでした。指導者の養成、農業技術の向上にも寄与し、酪農発達史上重要な位置を占めます。

1969(昭和43年)年に国の重要文化財(建造物)の指定を受け、2001(平成13年)から一般公開をしています。モデルバーン、コーンバーン、牝牛舎の3棟は冬期間を除き内部も公開しています。 畜舎内には、開拓使の顧問であったホーレス・ケプロンや札幌農学校初代教頭W.S.クラークらが手配した100点近くある輸入農具の他、札幌農学校教授であった尾泉良太郎や時任和彦が蒐集した鍬や鋤の標本約80点など、貴重なコレクションを展示しています。

札幌農学校第2農場配置図
移転工事完了時(1912年)の配置図を基に作成

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沿革

img_article03札幌農学校初代教頭W.S.クラークは、農業教育上、実践の重要性を主張し、開校早々の1876(明治9)年に開拓使札幌官園の一部(現札幌キャンパスの東半分)の移管を受けて農校園を開設しました。クラークの構想に基づいてモデルバーン(模範家畜房)などの米国式畜舎を1877〜78年に現在の環境科学院(北10条6丁目)付近に建設したほか、多数の畜力農具や外国種の牧草・家畜を導入し、洋式農法を実現して北海道畜産普及の拠点となりました。

1890(明治23)年4月に、農校園を起源とする土地・建物は、一度、札幌同窓会へ払い下げられましたが、1895(明治28)年に札幌農学校が文部省直轄となったことを受けて、同窓会から農学校へ寄付されました。先に1887(明治20)年に札幌育種場から移管を受けた土地(現札幌キャンパスの西半分)は「第1農場」と改称して農学校生徒の農業実習や試験栽培の場となり、旧農校園の土地は「第2農場」と改称され、欧米式農牧混合農場経営の北海道への移植を試みる経済農場と位置づけられました。

img_article041907(明治40)年の東北帝国大学札幌農科大学への昇格に伴って、付近に校舎が建ち敷地が狭くなり、加えて建築後30年以上を経過し老朽化が顕著となってきたため、1909(明治42)年から現在地(北18条西8丁目)への移転・新築工事にとりかかり、1912(大正元)年に完了しました。この移転工事は後に理学部本館(現・総合博物館)を施工した大星三松が請け負いました。1968(昭和43)年まで実践的農場として使われていました。

この第2農場を構成する建築群は北海道全域に畜産を広めた日本畜産の一発祥地として、かつ特殊な建築構造としての価値が認められ、1969(昭和44)年に国の重要文化財の指定を受け、1971(昭和46)年から1983(昭和58)年3月にかけて、建築物の調査・解体修理工事が行われました。2014(平成26)年〜2015(平成27)年には耐震補強工事が行われました。