概要

考古学は、遺跡やその調査でみつかった「モノ」から過去の人類の活動―生業、風習、交易、移動など―を復元する学問である。アイヌ文化期までの北海道のような文字のない時代や地域では、考古学は過去の人々について直接的に探求する唯一の方法である。遺跡の調査でみつかる「モノ」には、土器や石器、金属器、骨角器、木器といった人工遺物、動物骨や木材などの自然遺物、住居跡や貯蔵穴などの遺構が含まれる。さまざまな「モノ」からもたらされる情報を統合することで、また歴史学や古環境学などの知見と考え合わせることで、人々の活動をより鮮明に描くことができる。北海道大学総合博物館には、香深井遺跡(北海道礼文町)やオンコロマナイ遺跡(同稚内市)など、オホーツク文化(紀元後5世紀~12世紀にサハリン南部、道北・道東部、千島列島に展開した文化)のたくさんの遺物が収蔵されている。現在、当研究室では動物骨から過去の人々の生活を復元する動物考古学の研究に力をいれている。

テーマ

遺跡から出土した動物骨の分析と骨の同定基準の作成

これまでに国内外の約40遺跡から出土した動物骨、主に鳥類の骨を同定・分析してきた。資料中に含まれる分類群の構成や解体・加工の痕跡などに基づいて、各遺跡を形成した人々の活動域や狩猟技術、生業の季節性などについて検討している。また、骨形態の肉眼比較だけでなく、薄板スプライン法などの幾何学的形態測定や、古代DNA分析、コラーゲンタンパクのプロテオーム分析などの理化学的手法も取り入れた遺跡資料の同定基準の作成にも取組んでいる。

動物遺体を調査した主な遺跡の位置

動物遺体を調査した主な遺跡の位置

薄板スプライン法によるハシブトガラスと オナガガモの上腕骨の比較

薄板スプライン法によるハシブトガラスとオナガガモの上腕骨の比較

中国における家禽飼育の歴史の解明

ニワトリ、アヒル、シナガチョウの飼育は、約7,500年前~約6,000年前(新石器時代)の中国において、世界で最初にはじまったと考えられている。家畜化はプロセスであり、ある日突然に完成するわけではない。飼育がはじまった当初には、現在の白色レグホンのような“明らかな家禽”はいなかったはずである。窒素と炭素の安定同位体比分析、プロテオーム分析、古代DNA分析、組織学的観察、形態の観察や測定を組み合わせ、家禽化の歴史の解明に取組んでいる。袁靖教授(中国社会科学院考古研究所科技考古センター)や松井章センター長(奈良文化財研究所埋蔵文化財センター)などとの共同研究。

キジ・ヤマドリとニワトリの大腿骨の比較

キジ・ヤマドリとニワトリの大腿骨の比較

遺跡出土資料から見つかった骨の緻密質(淡染部)と 骨髄骨(濃染部)の組織像

遺跡出土資料から見つかった骨の緻密質(淡染部)と骨髄骨(濃染部)の組織像

ナスカの地上絵に描かれた鳥類の解明

ナスカの地上絵は、主にナスカ期(約2,100年前~1,300年前)にペルー南部の砂漠台地に描かれた一連の図像群で、世界遺産(文化遺産)にも登録されている。ナスカ社会は文字を持たない文化であったことなどから、これらの図像が何の目的で描かれたのか、描かれたものは何かなどはよくわかっていない。これまで、鳥類の図像は全体的な印象や、ごく少数の特徴的な形態形質を根拠に同定されてきた。現在、これらの図像を複数の形態形質に基づいて再検討している。また、鮮やかな色彩を用いて様々な鳥類を描いた当時の彩色土器や同時期の地上絵周辺の遺跡から出土した大量の鳥類骨の分析も交えながら、地上絵に描かれた鳥類は何か、そもそも地上絵は何のために描かれたのかなどの謎を探求している。坂井正人教授(山形大学人文学部)やDr. Giuseppe Orefici(アントニーニ博物館)などとの共同研究。

地表では石が除かれた線に過ぎないものが

地表では石が除かれた線に過ぎないものが

上空からみると地上絵として認識できる

上空からみると地上絵として認識できる

今後の展望

人にとって動物は食料であり、道具を作る資源である一方、農作物を盗み取るものでもある。動物にとって人は恐ろしい捕食者であり、生息環境の破壊者である一方、一部の動物には新たな食物資源や生息地をもたらす環境の改善者でもありうる。人と動物はお互いに影響を及ぼしあいながらこれまで生きてきた。その歴史を復元し、今後の人と動物の共生のあり方を考える一助としていきたい。DNA分析による系統解析や安定同位体比分析による食性解析など、博物館の考古学コレクションを解析する方法は、近年急速に進歩してきた。分析技術は今後も進歩し続けるであろう。一部の分析は資料の破損を伴うものであるものの、そこから「モノ」の持つ新たな情報がみえてくることも多い。資料の破損とその分析から得られる知見、教育・研究への活用と後世への引継ぎを天秤にかけながら、活動していきたい。