阿部剛史(研究部准教授/海藻系統分類学)

展示室

北海道大学の前身は1876年に開学した札幌農学校であり、開拓や農林水産業の基礎となる生物分類学が伝統的に盛んです。膨大な標本を蓄積し、多くの分類学者を輩出してきました。中でも陸上植物、菌類、海藻、昆虫、魚類などは国内屈指の充実した標本コレクションを擁し、それぞれの分野における世界的な研究拠点の一つです。この展示室「生物標本の世界」では、これら貴重な標本コレクションについて、人物や歴史などにも触れながら紹介しています。

札幌農学2期生で後に教授となる宮部金吾は、植物学の世界的権威として活躍しました。現在の生物学では菌類や藻類は厳密には植物ではありませんが、当時はいずれも隠花植物と呼ばれる下等な植物とされていました。当館の陸上植物、菌類、海藻いずれの標本コレクションにも、宮部の活躍が大きくかかわっています。陸上植物標本庫のルーツは、札幌農学校植物学教室に隣接し宮部らが運営にあたっていた1891年の「植物標品室」で、1903年に現キャンパスに移転、レンガ造り2階建ての標本庫が開館しました。この標本庫を宮部は「わが子」のようにいつくしみ、後に引き継いだ舘脇操博士も充実に努めました。その後、農学部本館を経て、現在は当館3階の一角に収蔵されています。江戸時代の蝦夷地植物標本にはじまり、特に北海道内や千島列島・サハリンといった北方圏の植物標本が充実しています。菌類標本庫は創立が札幌農学校と同じ1876年で、きのこ類はもとより、植物の病害となるウドンコ菌や銹菌などの宮部らによる膨大な標本コレクションを含む世界的なものです。海藻についても、宮部は日本のコンブ類の分類学的な基礎を固めたほか、1930年の理学部創設に際しては植物分類学教室を海藻研究の世界的拠点として育て上げる戦略を立て、成功させました。

1896年に松村松年が札幌農学校助教授に任官し、日本で最初の昆虫学教室が開設されました。以来、北海道大学は昆虫学のメッカとなり、現在に至ります。さまざまな学部に7名ほどの昆虫学関連の教員がおり、50名近い学生が、分類学、生態学、進化学、行動学、分子生物学といった広範囲にわたる昆虫学を研究しています。「生物標本の世界」では松村コレクションの一部をはじめとする貴重な標本の展示のほか、昆虫標本の採集方法や作成方法についても説明しています。

本学の魚類分類学の歴史は東北帝国大学農科大学時代に始まります。水産学科の疋田豊治は1913年にシシャモを記載・命名しました。魚類標本庫は1935年に水産学部の前身である函館高等水産学校に始まり、水産学部付属の博物館・標本館として発展し、現在は総合博物館の分館として位置付けられています。国内はもちろん世界の海洋や淡水域から採集された、質量ともに世界的なコレクションとして知られています。深海性アンコウなどの希少種やサメ・エイ類などの大型標本、オホーツク海やベーリング海などの北方系魚類標本が充実しています。

菌類標本

昆虫標本

魚類標本

『北海道大学総合博物館ニュース』34号(2016年12月)8ページより