背景

明治30年(1897)に廣井勇博士が築造した小樽の北防波堤用の大きなブロックは自然石ではなく、日本で初めてのコンクリートブロックでした。廣井勇博士は120年前にセメントコンクリートの長期間における耐久性が当時不明だったため、この当時のコンクリートの技術を後世に伝えるためモルタル試料を多数作成しました。

これにはひょうたん型の小さなモルタル試料で様々な配合で当時約4万個作成し、これらを空中、淡水中、および海水中のある特定の管理のもとで保管し、長期の耐久性を引張試験で調べることを提案しました。この試料は現在でも北海道開発局の小樽港湾事務所に引き継がれ保管されています。

このようにコンクリート製品の初期の段階で長期間保管されているモルタル試料は外国でも類がなく、かつ、健全な試料として世界的に有名です。試料作成の100年後の1995年11月にこれらの試料について大規模な耐久性の調査が実施されました。しかし、大変残念なことですが、そこでは3種類のモルタル試料の劣化現象は極めて限定的にしか調査されていません。

この原因は現在でもセメントコンクリートの劣化現象の評価方法や内部の亀裂や劣化状態が不明だったためです。このため、当時(1995年)は3種類のモルタル試料のうちどれが1番耐久性のある試料だったのかは判定できませんでした。

見所1(亀裂)

ここでは3 種類のモルタル試料の内、「空中試料」の亀裂および化学成分の変化等による様々な劣化現象について、現代の市販のセメントを使った新設のモルタル試料と比較しました。健全と言われている120年空中モルタル試料は若干の損傷が見られるものの、いかに素晴らしいものかを模型とポスターで亀裂と劣化の観点から説明します。

亀裂は一般にセメントコンクリートは亀裂幅が0.2 mmを超えるとそのコンクリートは破壊しているため、補修の必要があり、これ以下の亀裂幅ではほぼ問題がない状態とされています。しかし、亀裂は一般にコンクリートの表面でしか測定できないため、内部の亀裂や劣化状況は今まで不明とされていました。

最近のマイクロフォーカスCTスキャナー(CT)の技術と日本ビジュアルサイエンス(NVS社)の技術により、試料の内部でもこの亀裂形状、亀裂幅、亀裂の位置および劣化状況が3次元の状態でカラー表示ができるようになりました。これよりセメントコンクリートは内部も含めて亀裂や劣化状態がどのような形状で、どの程度の亀裂幅なのかが3次元的なカラー表示で一目で分かるようになりました。

見所2(劣化)

劣化についてはセメントコンクリートが複雑な化合物が多数固まった物質であるのも拘わらず、今までは単一成分の化学変化のみで劣化の評価をしていました。最近セメントコンクリート中の主な複数の化学成分が劣化により非晶質物質に変化することが見いだされました。

しかし、この物質は非結晶質であり、極めて不安定な物質であるため、この物質が存在する箇所を特定することは今まで不可能とされていました。ここではCTの技術で測定した白黒画像で劣化すると画像が黒くなり、物質の比重が小さくなることと対応していることに注目しました。試料の内部の劣化した黒い箇所をCT画像から抽出し、これからセメントコンクリートの劣化の程度は透明の模型を使って青い色で一目で分かるように表示しました。

ここで青い箇所は劣化がかなり進んでいることを表しています。このため青い箇所が多ければ、劣化が進んだ試料と言えます。これより120年空中モルタル試料は現代のセメントを使ったモルタル試料の亀裂や劣化を下記より両者の損傷の程度を比べますと、著しく損傷が少ないことが分かります。

従来の劣化判定はセメントコンクリートの劣化判定法であるフェノールフタレン液の塗布で行っていました。これを120年空中モルタル試料の破壊面で実施すると、全断面で無色を呈し、試料の全断面が劣化していることを示しました。しかし、これはフェノールフタレン液による判定方法が微細な劣化に敏感過ぎるためであり,実際にはこの模型から以下のように観察できます。この模型から試料の表面および中心部で劣化が若干進んでいますが、この試料は全断面で劣化していないことが分かります。

模型の説明(内部の亀裂と劣化)

120年空中試料と新設のモルタル試料の劣化および亀裂状況を透明の模型と数値で比較しました。モルタル試料の損傷は内部の0.2 mm以上の亀裂とCT画像の黒い物質の量で損傷の程度が3次元の状態で評価できることになりました。この透明の模型で蛍光のカラーで示した線は亀裂を、また青色の塊は劣化した箇所を示しています。

下記に示した120年空中モルタル試料と市販の普通ポルトランドセメントを使ったモルタル試料で打設後30日における3次元のCT画像で比較します。後者の試料は0.2 mm以上の蛍光色の亀裂が多く、かつ青色の箇所が多いことから、新設のモルタル試料は打設30日後でも表面および内部でも同じように著しく損傷し,空隙率が大きく、平均空隙率も大きく、幅の広い亀裂(黄:0.276 mm、黄緑:0.414 mm、青:0.552 mm)が多くなっています。

これに対して120年モルタルの空中試料は模型や数値で120年間室内で保管されていたにもかかわらず、損傷(亀裂や劣化)が極めて少ないことがわかります。

 

120年モルタル試料と新設試料(打設30日)の比較


空隙および亀裂(120年空中モルタル試料)

空隙率     3.25%
空隙範囲 0.0001-1 mm3 (平均:0.02 mm3)


亀裂幅とその亀裂幅が全体に対する割合(%)

0.05 mm(赤:41.83%)
0.1 mm(黄:48.06%
0.15 mm(緑:9.44%)
0.2 mm(青:0.66%)
0.25 mm(紫:0.0081%)

(色付きの太字は0.2mm以上の亀裂幅を示す)


亀裂分布

赤(0.05 mm)-紫(青)(0.025 mm)
亀裂幅:0.05-0.025 mm (5色)


空隙および亀裂(新設モルタル試料・30日)

空隙率       14.2%
空隙範囲 0.02-10 mm3 (平均:0.2 mm3)


亀裂幅とその亀裂幅が全体に対する割合(%)

0.138 mm(赤:67.6%)
0.276 mm(黄:30.8%)
0.414 mm(黄緑:1.6%)
0.552 mm(青:0.01%)

(色付きの太字は0.2 mm以上の亀裂幅を示す)


亀裂分布

赤(0.138 mm)-紫(青)(0.552 mm)
亀裂幅:0.138-0.552 mm (4色)


新設モルタル試料/120年空中モルタル試料
(30.8%+1.6%+0.01%)/0.0081%=4001%

新設モルタル/120年空中モルタルの亀裂幅が0.276mm以上となる割合を比較すると、亀裂幅からみても現代のセメントモルタル試料は打設後30日で120年モルタル試料の約4000倍の損傷となっています。

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