授業報告 博物館コミュニケーション特論V 第10回 6月26日

文学研究科芸術学講座の鈴木幸人先生の二回目の講義である。今回の講義は、藤沢令夫先生の「美と宗教」という論考を通し、博物館の拠って立つ基盤を考えることであった。論考はまず、人間にとって最も原初的な事実、すなわち自然という我々の生存において恵みであり、また脅威であるものと人間とが相対していることから始まる。そうした恵みと畏怖の中で、人間にとって免れ得ない死と、それを超越した不死なる神的なものが顕在化し、最も原初的な宗教性を、そしてその宗教的情動の表現として美が生み出された、とされていた。次いで、もうひとつの根源的情動として、プラトンの『饗宴』『パイドロス』を引き、「エロース」という考え方を示された。美しいものの中に子を生み、後代に残すことで不死性に与ろうとする。美の追求が生成と時間の世界を超越した不死、すなわち神的なものへと至った。このような2つの根源的情動が、美と知を生み出し、育み、受け継ぐムーサの女神たちの殿堂、すなわち「ムーセイオン」=「ミュージアム」の根本哲学として存在していた、という講義であった。
講義の中で先生が繰り返し強調されたことは、上記のような視点から博物館というものの成り立ち・存在意義を説く人間は他に知りうる限りいない、という点であった。私自身まったく考えたこともない、ただ安穏と生活している限りでは触れることもなかったであろう考えであった。授業報告を書きながら、改めて、貴重な講義を受けることができたと感じている。
(農学院修士1年 村中令)