日本産エンマムシ上科概説


1-3. エンマムシ科 Histeridae


 世界に約3800種の既知種がいる.現在activeな分類研究者が10人ほどおり(inactiveも含めると30人ほど)年に約20-30種の新種記載がなされていることからも,将来4000種は越すのではないかと思われる.特に東南アジア,南米は最近分類の手がつけられていないため現代レベルでの再分類が必要とされている.

 11亜科に分類され,そのうち10亜科が日本に分布する.亜科間の系統関係は,1944年に出されたWenzel博士の論文で,それまでの体系が一新された.その後Mazur博士のWorld Catalogue (1984)でもWenzel体系が踏襲され,多くの研究者がこの体系を用いている(図4).しかしCrowson(1974)は早くからこの体系が人為的であることを指摘し,Kryzhanovskij & Reichardt (1976) は独自の体系を示していた.私自身もComparative morphologyをはじめた頃から,Wenzel - Mazur体系とあわない結果がではじめたので,その結果を新しい体系にまとめた(図5,Ohara, 1994).要旨は以下のとおりである.

1.ホソエンマムシ亜科は,HeSt[頭部は前胸背にたいし水平に位置する]形質状態(0)から,最も原始的である.ただしヒラタエンマムシ族,ニセツツエンマムシ亜科では垂直から二次的に水平になった.

2.Wenzel-Mazur体系では,PsLo[のど板(prosternal lobe)をもつ(0),待たない(1)]形質により,エンマムシ科をSaprinomorphae [Abraeomorphae in Newton & Thayer, 1992]とHisteromorphaeに2分類する.私の体系ではAnCa[触角をしまう穴の構造]形質の方がPsLo形質より重要と考えたため,オオマメエンマムシ亜科はSaprinomorphaeに含められず,クロツブエンマムシ亜科, ドウガネエンマムシ亜科, ツツエンマムシ亜科, ニセツツエンマムシ亜科の共通祖先においてのど板を消失したと仮定した.またホソエンマムシ亜科にはのど板が認められ,Wenzel - Mazur体系に合わない.従って,2分類を行なうWenzel - Mazur体系は支持できない.

3.コブエンマムシ亜科については,アリとの共生関係による極度の適応変化が求められたようで,前胸腹板の構造が多様になっている(あるものはきわめて単純な構造).そのため形態変化の系列(transformation series)に当てはめることができず,系統的な位置の決定がむづかしい.しかし触角をしまう穴が平板によって腹面より閉じられる構造は,セスジエンマムシ亜科, アナアキエンマムシ亜科にみられる構造で,この亜科はこれらの亜科の近くにおかれるものと思われる.ただしのど板は認識できない.

4.Form1[体が筒状になる]形質状態はキクイムシなどを捕食する生態をもつグループに平行進化が生じたものと考える.

5.ドウガネエンマムシ亜科とオオマメエンマムシ亜科は,共有派生形質状態と考えられる「後翅脈の臀脈基部1/3の明かな曲り」をもつ.これらと共通の派生形質をもつと考えられるクロツブエンマムシ亜科,ツツエンマムシ亜科,ニセツツエンマムシ亜科については,体サイズの減少にともなう翅脈の消失がおこっており解析は困難だった.また頭部腹面に大きな三角形の咽喉板をもつことも,これら2亜科に共有の形質である.

6.これらのことから,Wenzel - Mazur体系の2分類を却下し,新しい体系を作った.しかし新しい体系には5分岐,3分岐が残されているため,幼虫形質を取り入れるなどのさらなる形態比較を行ない,形質を増やし,より詳細な系統解析をすることが望まれる.詳細はOhara (1994)を参照されたい.

 私の新しい体系については,Yelamos博士,Halstead博士,Caterino氏らのエンマムシ研究者が文書や口頭で好感を示してくれた.またMazur (1997)のワールドカタログに於いては,私の体系が採用された.Wenzel博士にもシカゴでお話を伺ったところ,博士自身もWenzel - Mazur体系を満足なものとは考えておらず,「若い研究者がよりよいものへと手をいれてくれることを望んでいた」と好意を示してくれた.アメリカの研究者間ではエンマムシの系統について個人的に議論がなされていたようで,Caterino氏はほぼ私の結論に近いをイメージをもっていたし,Wenzel - Mazur体系が自然分類にそぐわないものであることを何人かの甲虫学者から聞くことができた.Lawrence & Newton (1995) でもWenzel博士の2分類を支持できないと記している. 

 また私の結論では亜科,族などの分類群を従来のまま扱ったが,いくつかの亜科や族は統合・分離しなければならないものもある.アメリカの研究者もこれに気がついているので,今後ランクの検討や高次タクソンの変更が行なわれるだろう.エンマムシ科内のタクサが安定するには,今しばらくかかりそうである.


亜科までの検索(日本産の種をもとに)

1(2) 頭部に2対の角をもつ.前胸腹板に触角をしまう穴をもたない.頭部腹面に触角を受ける穴がある.大あごは頭部に垂直につく.  ............ ホソエンマムシ亜科

2(1) 頭部に2対の角をもたない.前胸腹板に触角をしまう穴をもつ.頭部腹面に触角を受ける穴がない(ヒラタエンマムシ族とエンマムシ族は例外で浅く細い溝をもつ).大あごは頭部に水平につく.

3(12) 触角をしまう穴は横長で,前胸腹板の前面か前角腹面に位置する.たいていは穴が腹面から平板で閉じられる.

4(9) 上唇は刺毛を生やす.

5(6) 鞘翅の外側部は著しく盛り上がる.のど板は,前胸腹板基部突起と縫合線で明瞭に分けられないため,認識できない............ コブエンマムシ亜科

6(5) 鞘翅の外側部は盛り上がらない.のど板をもつ.

7(8) 鞘翅は隆起した条をもたない.たいていは通常の条溝か点刻をもつ. ............ アナアキエンマムシ亜科

8(7) 鞘翅は隆起した条をもつ. ...........  セスジエンマムシ亜科

9(4) 上唇は刺毛を生やさない.

10(11) 触角柄節は広がり,強く湾曲する.背面に毛をそなえる............. アリヅカエンマムシ亜科

11(10) 触角柄節は普通で,広がったり強く湾曲しない.背面に毛をそなえない............ エンマムシ亜科

12(3) 触角をしまう穴は縦長で,前胸腹板基部突起にそって位置している.穴は腹面に開いている.

13(14) のど板をもつ............ オオマメエンマムシ亜科

14(13) のど板をもたない.

15(18) 体は楕円形か長楕円形.

16(17) 鞘翅は条溝をもたず,かわりに粗めの点刻やくぼみを全体にそなえる. ............ クロツブエンマムシ亜科

17(16) 鞘翅は条溝をもつ. ........... ドウガネエンマムシ亜科

18(15) 体は筒形.

19(20) 触角は8節と球桿部(3節)からなる.頭をしまった際に,頭は体にたいして水平になる. ........... ニセツツエンマムシ亜科

20(19) 触角は7節と球桿部(3節)からなる.頭をしまった際に,頭は体にたいして垂直になる. ........... ツツエンマムシ亜科


高次タクサリスト

ホソエンマムシ亜科(Niponiinae)

コブエンマムシ亜科(Chlamydopsinae)

セスジエンマムシ亜科(Onthophilinae)

アナアキエンマムシ亜科(Tribalinae)

エンマムシ亜科(Histerinae)

    エグリエンマムシ族(Exosternini)

    ヒラタエンマムシ族(Hololeptini)

    ナガエンマムシ族(Platysomatini)

    エンマムシ族(Histerini)

    マルエンマムシ族(Omalodini)

アリヅカエンマムシ亜科(Hetaeriinae)

オオマメエンマムシ亜科(Dendrophilinae)

    オオマメエンマムシ族(Dendrophilini)

    アカツブエンマムシ族(Bacaniini)

    ツブエンマムシ族(Anapleini)

    チビヒラタエンマムシ族(Paromalini)

クロツブエンマムシ亜科(Abraeinae)

    ムネミゾエンマムシ族(Plegaderini)

    クロツブエンマムシ族(Abraeini)

    ヨフシエンマムシ族(Acritini)

チビツツエンマムシ族(Teretriini)

ドウガネエンマムシ亜科(Saprininae)

ニセツツエンマムシ亜科(Trypanaeinae)

ツツエンマムシ亜科(Trypeticinae)


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